大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和34年(ヨ)209号 判決 1959年10月30日

申請人 八幡製鉄株式会社

被申請人 田口豊彦 外五名

主文

申請人が被申請人田口豊彦、同山田勇、同河野信利及び同藤井平八郎に対し各金五万円の保証を立てることを条件として、同被申請人等の別紙目録記載の建物のうち各居住占有部分(別紙第一及び第二図参照)に対する占有を解き、申請人の委任する福岡地方裁判所所属執行吏にその部分の保管を移す。

右被申請人等は右各占有部分に立入つてはならない。

執行吏は、右命令の趣旨を公示するため適当な方法を講じなければならない。

被申請人白土喜久雄及び同松本由次郎に対する本件申請を却下する。

訴訟費用中、申請人と被申請人田口豊彦、同山田勇、同河野信利及び同藤井平八郎との間に生じた分は同被申請人等の負担とし、申請人と被申請人白土喜久雄及び同松本由次郎との間に生じた分は申請人の負担とする。

事実

申請人訴訟代理人は、被申請人等の別紙目録記載の建物の内その居住占有部分の占有を解き、申請人の委任する福岡地方裁判所々属執行吏にその部分の保管を移す、被申請人等は右各占有部分に立入つてはならない、執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当な方法を講じなければならないとの判決を求め申請の理由として次のとおり述べた。

申請人は、福岡県八幡市大字枝光八百十四番地の一に作業所を有し、鉄鋼生産を営んでいるところ、単身者従業員中通勤区域内に適当な住居を有しない者に利用させるため寄宿舎(以下「寮」という)を所有し、入寮しよとする者の入寮願に基き、申請人会社住宅課長が入寮を許可し、寮費として月三千円を徴収し、従業員の資格を失つたときは二週間以内に退寮する約束で寮に居住させている。被申請人等六名はいずれも申請人会社の従業員であり、被申請人藤井平八郎は第一、一枝寮に、その余の被申請人等は第二、一枝寮に居住している。第二、一枝寮は木造二階建であつて各居室の外、面会室、娯楽室及び屋外にバレーコート等の運動施設が設けてある。寮の管理は申請人会社労働部住宅課が行い、各寮毎に寮務主任、同副主任、事務掛員等を置き寮務の処理をさせ、また寄宿舎生活の秩序を維持するため、八幡製鉄所寄宿舎規則を設け行政官庁に届出をしているが同規則第十五条の二は、寮生は寮内でけん騒にわたり他人の睡眠を妨げるような行為をしてはならない、第十七条は、寮生が外来者を面会しようとするときは寮務主任に届け出て所定の場所で面会しなければならない、第十九条は、各寮寮生に関する行事は、その寮の自治機関がこれを定める。但し寮の管理業務に関連する事項についてはあらかじめ寮務主任と協議しなければならない、第十三条は、寮生が左の各号の一に該当するときは住宅課長はこれを退寮させることができる、一、この規則に違反し、その他はなはだしく共同生活にそぐわない非行があつたとき、二、正当な理由なくして勤務成績が著しく不良であるとき、前項の規定により退寮させようとするときは、住宅課長はあらかじめ当該寮の自治機関の意見を徴するものとすると定めている。寮生(「寮に居住する従業員」をいう、以下同じ)は寮生活の秩序の維持その他生活の向上を目的として自主的に組織した自治会を有し、その役員として主務委員、副主務委員及び常任委員があり、議決機関として総会が執行機関として常任委員会がある。

被申請人藤井平八郎は、昭和三十四年八月十二日、第一、一枝寮面会室において寮務主任に対し面会と偽り講師を寮内に入れ、寮生を集めて申請人の許可しない講演会を行つた。被申請人等は、同月二十四日、第二、一枝寮娯楽室において、申請人会社同寮寮務主任とあらかじめ協議することなく、かつ寮務主任等が制止したにもかかわらず実力でこれを排除し、部外者を講師として招いて講演会を強行し著しく寮の秩序を紊した。

申請人は、被申請人等の右所為は、八幡製鉄所寄宿舎規則第十五条の二、第十七条及び第十九条に違反したものと認め、同年九月九日申請人会社住宅課長は同規則第十三条に則り当該寮の自治機関の意見を徴した上被申請人等六名を退寮処分に付し同月十九日正午までの間に退寮すべき旨を通告した。なお、同時に、申請人は、就業規則違反を理由に、被申請人田口豊彦及び同山田勇に対しては減給、同河野信利及び同藤井平八郎に対しては譴責、同白土喜久雄及び同松本由次郎に対しては訓戒の各懲戒処分をした。

右退寮処分は適法かつ有効である。

申請人は、寮施設を寮生の宿泊、休養の場所として提供しているのであるから、労働基準法が私生活の自由を保障しているとしても寮施設を設けた本来の目的に沿うよう寮生活を営まなくてはならないことは当然であり、この限りにおいて寮生の私生活の自由も制限を受けるものと考える。特に、第二、一枝寮に居住する従業員の大部分は三交代勤務に服し、各寮生毎に勤務時間、勤務場所を異にしているのであるから、寮管理者は常時寮内の静かな環境を維持することに意を注ぎ寮生の睡眠、休養に支障を来さないよう管理して来たものであり、外来者を講師として僅か四十名位しか収容できない娯楽室を使用して講演会を開催し、同室に非番者の全寮生に集合を求めるようなことがあれば、自ら喧騒にわたり他の寮生の睡眠休養は妨げられ申請人の寮施設を設けた本来の目的が害われることになる。八幡製鉄所寄宿舎規則第十九条が各寮寮生に関する行事はその寮の自治機関がこれを定めるとしながら、但書で寮管理業務に関連する事項についてはあらかじめ寮務主任と協議しなければならないとしているのは、まさに寮本来の目的である宿泊、休養を妨げる行事は申請人がこれを拒否し得ることを定めたものに外ならない。のみならず申請人は講演会開催に適し被申請人等が容易に利用できる会館を設けており、また近所に一枝公民館もあり申請人が寮内における講演会開催を禁止したからとて寮施設管理権の濫用とならない。

なお退寮処分に付する場合は、寄宿舎規則第十三条第二項に住宅課長はあらかじめ当該寮の自治機関の意見を徴するものとすると定められているが、本件の場合申請人は、処分該当者を除く個々の常任委員全員にその意見を徴した。本来常任委員会の意見を徴すべきであつたが、被申請人田口豊彦、同山田勇及び同河野信利は常任委員であり利害関係人として除かれるので、その余の常任委員において早急に常任委員会を開き、退寮処分についての意見を表明することは容易に期待できないのみならず、本件退寮処分は寮の秩序を維持するためにしたのであり緊急に処分する必要に迫られていたので已むなく常任委員各個に意見を徴した次第でありかかる特別の場合は右の如き処置もなお寄宿舎規則第十三条第二項の手続を履践したものというべきである。

さらに言えば右条項は手続規定であつて効力規定でないからその瑕疵は退寮処分の無効原因とはならないと解する。

よつて被申請人等はいずれも申請人の所有する寮施設に居住する権限を失うに至つたから寮を退去して申請人に明渡す義務がある。

被申請人等は、その後においても面会の自由、自治活動の自由を主張して部外者の寮内立入に関し、或は部外者を寮内に招いて講演会類似のことを行おうと企て申請人会社寮管理責任者との間に紛争を起しており、現在及び将来においても本件におけると同種の講演会を企てることが予想されるのでこのままに放置すれば寮施設の本来の目的が害われるのみならず著しく寮秩序を紊す結果となるので緊急に被申請人等の退寮を求める必要があり、被申請人等は他の同年令、同経歴、同程度の技能を有する労働者よりも高額の賃金を得ておりまた解雇されているのではないから寮を退去することになつたとしても回復し難い損害を蒙ることはない。

よつて被申請人等に対し退寮を命ずる旨の仮の地位を定める仮処分命令を求めるため本件申請に及んだと述べた。疏明(省略)

被申請人等訴訟代理人は、本件申請を却下するとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

申請人がその主張のような作業所を有し、鉄鋼生産を営んでいること、その主張のような寮施設を有し、被申請人等が第一、一枝寮及び第二、一枝寮に居住していること及び、申請人主張の如き内容の八幡製鉄所寄宿舎規則があり、申請人主張の如き自治会があること、昭和三十四年八月十二日第一、一枝寮において講演会を開催しようとしたこと、申請人がこれを拒否したこと、講師が部外者であつたこと被申請人藤井平八郎が寮管理者に対して講師との面会を申し出てその許を得、講演会と思われる会を行つたことは認める。

第二、一枝寮の自治会である寮友会は、昭和三十四年八月十八日、常任委員会を開き、同月二十四日拡大常任委員会を開くこと及びその席に九州産業労働科学研究所所員天野順二を講師乃至顧問として招き、「寮内における自治活動の自由」についての同人の意見を聴くことを決議した。被申請人田口豊彦等は、自治会の役員として右決議に基き、同月二十四日寮務主任に対し右天野との面会の届出をした上、娯楽室において開催中の拡大常任委員会に同人を招き入れ委員会を続行した。これに対し寮務主任は右天野と面会することを許さず、多数の係員をして被申請人等及び右天野の入場を阻止しようとし更に続行中の前記拡大常任委員会の会場に立入つて故意に議事を妨害したものである。申請人主張の如き退寮処分の通告があつたこと及びその主張の如き懲戒処分がなされたことは認める。退寮処分に付するにあたり自治機関の意見を徴したとの事実は否認する。

本件退寮処分は、違法であるから無効である。

即ち申請人が寮施設の所有権に基き、これを管理する権能を有するとしても、労働基準法第九十四条及び事業附属寄宿舎規程第四条は寮生活の自治に干渉すること及び面会の自由を制限することを禁止しているのであるから、申請人は、被申請人等が外来者と面会したり、寮自治会の要請により寮生の行事に招かれた外来者の寮内立入を禁止することは許されないと解すべきである。申請人が被申請人等に対してなした右天野との面会拒否及び同人の寮内立入禁止の通告は違法であり被申請人等がこれを実力を以て排除したとしても正当な行為であるから何等寄宿舎規則及び就業規則に違反するものでない。従つて右規則違反を理由とする退寮命令は無効である。また寄宿舎規則第十三条第二項の所謂自治機関とは一枝二寮寮友会規約及び細則によれば全寮生を以て組織する総会を意味することは明かである。申請人は、処分該当者を除く寮の役員全員に対しそれぞれ各個にその意見を聴いたに止まり、総会の意見を聴いていないから手続上の瑕疵があり、かかる瑕疵は当然に退寮処分の無効を招来するものと考える。かりに申請人の退寮処分が前記規則に適合するとしても右処分により被申請人等は宿所を失う不利益を蒙むるのに反し、申請人が本件八月二十四日の事件により損害を受けたとしても極めて軽微なものであるから、両者を比較較量するときは本件退寮処分は著しく過酷に失し社会的妥当性を欠くものであるから民法第一条第九十条により無効である。被申請人等は、いずれも今なお申請人所有の寮施設に居住し得る権限を有している。

被申請人等は、退寮する意思はない。被申請人等は、第一、一枝寮、及び第二、一枝寮に限らず他の寮においても寮内で部外者を招いて講演会を開催する意図乃至計画を持つていない。

もし本件仮処分申請が認容されると、被申請人等は、低賃金で貯えもなく、それぞれ家が遠隔地にあり戸畑市近辺には頼るべき近親者や友人もない上被申請人藤井平八郎を除くその余の被申請人等は三交代勤務に服し一般人と異る生活をしなくてはならないため、これに適する下宿先を見つけることは難しく、勤務にも支障を来し回復しがたい損害を蒙ることになると述べた。

疏明(省略)

理由

申請人が、福岡県八幡市大字枝光八百十四番地の一に作業所を有し鉄鋼生産を営んでいること、申請人が単身者従業員のため寮施設を所有し、被申請人藤井平八郎が第一、一枝寮に、その余の被申請人が第二、一枝寮に居住していること及び申請人主張の如き八幡製鉄所寄宿舎規則があり、申請人主張の如き自治会があることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五号証の二、三、第六号証第三十九号証の一乃至六及び第四十四号証及び証人域戸実夫の供述により真正に成立したと認める甲第五号証の一によれば前記八幡製鉄所寄宿舎規則は労働基準法に従い行政官庁に届出済であること及び申請人がその主張の如き手続によりその主張の如き約旨で寮生を居住させその主張の如き機構により寮を管理していることが認められる。

証人馬場要及び同野村勇の各供述によれば被申請人藤井平八郎は、昭和三十四年八月十二日第一、一枝寮において他の寮生とともに外来者を寮内に招き講演会を開催しようとしたが、申請人がこれを拒否したところ、右被申請人が講師と面会することを許されたいと申し出たので申請人はこれを許容した。ところが被申請人藤井平八郎は、他の寮生とともに面会に藉口して講師を寮内に入れ、同寮面会室において寮生等を集めて敢えて申請人の許容しない講演会を行つた事実が認められる。成立に争のない乙第二乃至第六号証並に証人馬場要、同野村勇の各供述及び被申請人田口豊彦の本人訊問の結果を綜合すると、昭和三十四年八月十八日開かれた第二、一枝寮の自治会常任委員会は、同月二十四日、同寮において部外者を講師として招いて寮内の自治活動について講演会を行うことを決めたのであるが、前記の如く第一、一枝寮において寮内において講演会を開こうとしたが、申請人がこれを許さず紛争を起したことがあるので、表面上は講演会という名称を使わず自治会規約に定められてもない拡大常任委員会なる集会を開き、その席に講師を招いて話を聞くという形にしてその実講演会を行うことにした。そうして同寮自治会の主務委員である被申請人田口豊彦は、右常任委員会の決議に基き同月二十日頃申請人会社同寮寮務主任馬場要に対し同月二十四日拡大常任委員会を開催するため同寮娯楽室を使用したい旨申し出た。寮務主任は、従来娯楽室を自治会会議室に使用したことはなく、また自治会の規約に拡大常任委員会なる名称の機関はないので不審を抱き、第一、一枝寮におけると同様講演会を行うのではないかと考え、被申請人田口豊彦に対し「その委員会はその実部外者が出席する講演会ではないか」と尋ねたが、同被申請人は寮生のみの集会である旨答えたので娯楽室の使用を承認した、ところが申請人会社寮務掛長は同月二十四日朝、常任委員会名による「拡大常任委員会に全寮生の参加を、議題寮内自治活動について、講師九炭労天野順二」なるビラが寮内各居室に配付してあるのを知つたので直に右被申請人に対し、外来者を招いて講演会を開くことは中止して欲しい、寮の施設を貸す考えはない、隣接の公民館でも使用されたい旨告げたが、同被申請人は常任委員会で決定したことであるから寮内で行う、自分が全責任を以て行う旨答えた。寮務主任は、同日午後五時二十分頃前記天野が無断で第二、一枝寮食堂前廊下に立入つているのを発見したのでこれを咎めたところ同人は、「常任委員会に招かれて来たここで手続をすればすむことだろう」と言つて退去しようとしなかつたが、寮管理者からの強い要求を受けて已むなく玄関に立戻つた。

右天野は、玄関に戻るや被申請人田口豊彦に面会する旨届け出たが寮務主任は右天野が、第一、一枝寮におけると同様面会に藉口して講演会を行う意図を有することを看取し、なお右天野は無断で寮内に侵入した者であるので面会を拒否した。同人は、たとえ講演会をすることが明かであつても面会拒否の理由にならないと述べ、被申請人田口豊彦は「私の人権はどうなるのか」と抗議し問答を繰返した。同被申請人は一旦寮生等と娯楽室に入つた後再び玄関に現われ、寮務主任に対し面会拒否の理由を釈明せよと要求したので、寮務主任は娯楽室において被申請人田口豊彦、同河野信利及び同山田勇等に対し「寮本来の趣旨から外部の人を招いて講演会を行うことに施設は貸せないと住宅課長からすでに説明があつた筈である」旨述べた。

被申請人田口豊彦は「この問題は係争中で我々は納得していない」と抗議し、寮務主任と討論の形となり騒しくなつた。そのうち被申請人河野信利及び同山田勇は「実力で天野を入れる」と大声で叫び被申請人白土喜久雄、同松本由次郎、同藤井平八郎及び申請人会社帆柱寮の寮生である黒崎謙二その他の寮生等とスクラムを組み右被申請人等が先頭に立ち前記天野順二の腕を取り抱えるようにして、これを阻止しようとした寮務主任以下三名の管理者を押しのけながらついに天野を玄関から娯楽室に連れ込み、同日午後八時過頃から九時二十分頃に至るまでの間、同室に集つた寮生約三十名の面前で天野において「世界情勢などについて」と題する講演を行つた。寮務主任等はその間娯楽室に入り右講演会を阻止しようとしたが、被申請人山田勇及び同河野信利は「管理者をつまみ出せ」等と暴言を吐き講演会を強行した、被申請人等が寮生とともにスクラムを組んで右天野を娯楽室え入れようとし、寮務主任等がこれを阻止しようとした際は、喧騒を極め、寮生多数は驚いて廊下に飛び出し、附近の住民も驚いて寮の玄関に多数集るという状態であつた。以上の事実が認められる。

そして右認定事実に証人城戸実夫の供述により真正に成立したと認める甲第二号証の一、二、及び成立に争のない乙第二乃至第六号証を綜合すれば被申請人田口豊彦が本件紛争を通じ主導者として行動し、その余の被申請人等はいずれも天野順二を導き入れる際スクラムを組んだのであり被申請人田口豊彦は第二、一枝寮の主務委員、被申請人山田勇及び同河野信利は同寮常任委員であつて被申請人等は本件講演会開催について自治会があらかじめ寮務主任と協議しなかつたことを知つていた事実が認められるから被申請人等は互に意思を通じて前認定の如き行動をしたものということができる。

証人城戸実夫の供述により真正に成立したと認める甲第七号証の一によれば申請人は、同年九月九日、被申請人等の右所為を八幡製鉄所寄宿舎規則第十五条の三、第十七条、第十九条に違反するものと認め、同規則第十三条により被申請人等を退寮処分に付することにし申請人会社住宅課長が同日被申請人等各自に対し同月十九日正午までに退寮すべき旨通告したことは当事者間に争いがなく、証人城戸実夫の供述により真正に成立したと認める甲第十号証の一乃至三十二及び同証人の供述を綜合すると、申請人会社住宅課長は退寮処分をするに当り、自治機関の意見を徴する方法として処分該当者を除く当該寮の自治会の常任委員会員につき各別に意見を聴いたことが認められる。

そこで本件退寮処分の当否について審究すると、本件講演会が寮の自治機関が定めた寮生に関する行事であることは明かであるが、それが部外者を講師として招くものであり、寮施設の一部である娯楽室を使用するものであること及び証人馬場要、同野村勇及び同城戸実夫の各供述並に被申請人田口豊彦本人訊問の結果を綜合して認められるように右娯楽室の広さは約十二坪で収容人員は四十名位であるのに、第二、一枝寮の寮生は当時三百一名で大部分は一昼夜を三交代勤務に服し常時概ねその三分の二は在寮しているのであるから、在寮生全員に呼びかけるとすれば、場所が狭いために喧騒にわたり、他の寮生の睡眠、休息の妨げとなることもあり得る事実を考え合わせると右講演会の開催は寮の管理業務に関連するものと認められる。従つて八幡製鉄所寄宿舎規則第十九条但書によりあらかじめ寮務主任に協議しなければならないものであり右にいうあらかじめの協議とは単なるうわべだけの申し出で若しくは話合いではなく信義に従い且つ誠実になされたものでなければならないのであるが本件に現われたすべての疏明を綜合してみても被申請人等が本件講演会を開催するについてあらかじめ寮務主任と協議した事実は認められない。即ち被申請人田口豊彦は、前説示の如く昭和三十四年八月二十日頃寮自治会の常任委員会の決議なりとして寮務主任馬場要に対し同月二十四日拡大常任委員会を開催するため娯楽室を使用したい旨申し出てはいるが、その実は部外者を講師とする講演会を開催する意図であつたのにことさらに講演会であることを秘し、性格不明の拡大常任委員会を開催する旨詐称したばかりでなく寮務主任の質問に対してさえ寮生のみの集会である旨答えて部外者を講師として招くことを明かにしなかつたものであるから、右申出を以て本件講演会を開催するについてあらかじめ寮務主任と協議したということはできない。

更に被申請人田口豊彦は同月二十四日寮務主任に対し天野順二との面会を拒否した理由の釈明を要求し寮務主任は寮を設けた本来の趣旨から外部の人を招いて講演会を行うことに施設は貸せない旨述べているが、右は前に認定したその前後の状況特に天野順二は被申請人等との予謀により予定の日時頃講師として出席する目的で無断寮内に立入つていたことから考えてむしろ自分等が予め一方的に企図した講演会の開催を申請人の意向の如何んに拘りなく強行せんとしたものであり、とうていあらかじめ管理者側と寮施設の使用について信義に従い誠実に協議したことにならない。

成る程前記甲第五号証の三、並に証人馬場要、同野村勇及び同城戸実夫の各供述並に被申請人田口豊彦本人訊問の結果を綜合すると八幡製鉄所寄宿舎規則に基き、寮の管理運営について協議又は決定するため申請人会社住宅課と各寮自治機関の代表者で構成する寮運営協議会なる制度が設けられ毎月一回開くことになつており、昭和三十四年七月三十日及び同年八月十八日の二回にわたり、右協議会において自治機関代表者が寮内で部外者を講師として招いて講演会を開くことについて協議を求めたので申請人会社住宅課長城戸実夫はこの種の行事に施設を貸し協力することはできないと述べたところ第一、一枝寮、第二、一枝寮及び帆柱寮の各代表者は寮生活の自由を主張して納得しなかつたので運営協議会としては円満な解決を図るためこの問題について採決をせず結論を出さないまま持ち越していたことが認められるが、その際は一般的に講演会開催について協議したにとどまり、日時、場所、講演の内容、方法等を特定した上で協議したのではないから右運営協議会における協議をもつて本件講演会開催についてあらかじめ協議したことにならないことは勿論である。被申請人等が右講演会を行うに際し寮管理者と紛争を起し喧騒にわたつたことは前認定のとおりである。

八幡製鉄所寄宿舎規則第十三条第二項及び成立に争のない甲第六号証により認められる一枝二寮寮友会規約並に細則によれば住宅課長が退寮処分をするに当り意見を徴すべき寮の自治機関とは、自治会の総会又は常任委員会を意味すると解すべきであるが、右規定の趣旨は退寮処分をするに当りあらかじめ当該寮の自治会の意見を反映させるにあり、もとより住宅課長がこの意見に拘束される筋合のものではなく、本件の如く事柄の性質上緊急に退寮処分をする必要があるところ、第二、一枝寮の常任委員会を招集すべき主務委員は被申請人田口豊彦であり、同山田勇及び同河野信利が常任委員であり早急に常任委員会を開いて意見を徴することは期待できなかつたのであるから、利害関係人である処分該当者を除く当該各寮の常任委員全員に対し各別に意見を徴している以上実質的に自治機関の意見を徴したというを妨げないから退寮処分の手続に瑕疵はなく被申請人等の主張は当らない。

従つて、被申請人等は意思を通じ、申請人の所有管理する施設である本件娯楽室を使用するにあたり、あらかじめ寮務主任と協議せず剰え寮内での講演会強行に関し寮管理者側と紛議を惹起し喧騒にわたり他人の睡眠を妨げるような行為をし、又は甚だしく共同生活にそぐわない非行をしたものと認められるから八幡製鉄所寄宿舎規則第十五条の二及び同第十九条但書に違反したものとして同規則第十三条を適用してなした本件退寮処分は正当であり被申請人等主張のような申請人の前顕八月二十四日の第二、一枝寮内における出来事以後における寮生に対する措置は被申請人等の当日の行動を正当化した本件退寮処分の効力に影響を及ぼすものではない。然らば被申請人等は、昭和三十四年九月十九日正午の経過とともにいずれも本件各寮に居住する資格を失つたものであるから寮を退去して申請人に之を明渡す義務がある。

被申請人等は、外来者と面会したり、寮自治会の求めにより寮生の行事に招かれた第三者の寮内立入を禁ずるのは労働基準法第九十四条、及び事業附属寄宿舎規程第四条に違反する旨主張するが、被申請人等が天野順二を寮内に導き入れた行為が、同人との面会の目的であつたと認め得ないことは前認定のとおりであり、寮生の行事のためとはいえそれが寮の管理業務に関連する事項である娯楽室を使用することについて被申請人等が寮務主任と協議していないこと前説示のとおりであるから、寮施設を所有管理する申請人がその権能として右行事に招かれた第三者の寮内立入を禁じうることはいうまでもなく、被申請人等の右主張は失当である。

被申請人等は、本件退寮処分は著しく過酷に失し社会的妥当性を欠くから民法第一条第九十条により無効である旨主張するが、被申請人等が今直ちに退寮しなければならないとしても、同被申請人等はいずれも従業員たる地位を失うものではなく、成立に争いのない甲第三十四号証の一、二、第三十六号証、第三十九号証の一乃至六によれば、昭和三十四年八月における給与額は被申請人田口豊彦が二万千円(千円以下は省略する、以下同じ)同山田勇が三万五千円、同河野信利が二万千円及び同藤井平八郎が一万五千円であることが認められいずれも独身者であるから、下宿乃至間借等の宿所を求めるのに事欠くとは考えられないし、また前掲各疏明によれば右被申請人等についてはそれぞれ退寮処分を受けた場合本人の身柄を引取る旨申請人に誓約している身許保証人があることが認められるから同被申請人等が退寮処分を受けることにより回復し難い損害を受けるとは云えず過酷に失するものではないから右主張は失当である。

証人城戸実夫の供述により真正に成立したと認める甲第一号証の一、第二十三号証、第二十四号証の一、第二十五号証の一、第二十六、第二十七号証及び成立に争のない甲第二十四号証の二、第二十五号証の二、第三十六号証及び第四十四号証並に証人馬場要、同野村勇、同城戸実夫及び同斉藤健の各供述を綜合すれば、第一、一枝寮自治会は、昭和三十四年七月六日、申請人に無断で、九州工大古賀講師を招いて講演会を開催する旨のビラを掲示したが申請人が中止を申入れた結果中止となつた事実同月二十七日同じく申請人に無断で朝日新聞社論説委員を招いて講演会を開催する旨のビラを掲示したので申請人が中止を求めたところ寮生側は講演会を続行するとの態度を表明していたが、講師が辞退したため開催不能となつた事実、その後前示の如く同年八月十二日に第一、一枝寮において、同月二十四日第二、一枝寮において同種の講演会強行の事実、更に八月二十七日第二、一枝寮において寮生総会が開催された際、申請人会社労働組合執行委員斉藤健が個人の資格で出席したい旨申し出たのに対し寮務主任がこれを拒否したところ、被申請人田口豊彦は右斉藤を実力を以て入寮させると言い十数名の寮生とともに右斉藤を囲み寮管理者側が制止するのを押しのけ寮内食堂に立入らせた事実、九月十一日第一、一枝寮及び第二、一枝寮において、それぞれ寮生総会が行われた際、被申請人藤井平八郎は右第一寮において、被申請人田口豊彦及び同山田勇は右第二寮においていずれも谷川弁護士を総会の会場に招き入れようとしたが、寮管理者に阻止されてできなかつた事実がそれぞれ認められる。右一連の事件の経過に徴すれば被申請人田口豊彦、同山田勇、同河野信利及び藤井平八郎が将来においても本件におけると同様に申請人が使用することを欲しない寮施設を使用して一方的に講演会を強行し申請人と紛争を起すことが予想され、他の寮生の睡眠、休息を妨げ、著しく寮の秩序を紊すおそれがあり、他方右被申請人等に対する本件退寮処分が過酷に失し社会的妥当性を欠くものと云えないこと前叙のとおりであるから本件仮処分はその必要があるものといわねばならない。

次ぎに被申請人白土喜久雄及び同松本由次郎についてはいずれも自治会の役員となつておらず、むしろ被申請人田口豊彦等に附和して本件退寮処分の原因となつた行動したものと認められ、その後、同種行為をなしまた将来同種の行為をするおそれがあると認められる疏明もないから同人等に対し本件仮処分の必要はないと云わなければならない。

よつて被申請人田口豊彦、同山田勇、同河野信利及び同藤井平八郎に対する本件申請は相当であるから認容し、その余の被申請人等に対する本件申請はその必要がないから却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 筒井義彦 西岡徳寿 八木下巽)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例